2008年03月21日
フェルミ推定
以前より気になっていた「フェルミ推定」のことが書かれていまして、まださらっと
目を通しただけですが、これがなかなか面白い。
フェルミ推定というのは、エンリコ・フェルミ氏という学者が提唱した
「物事の推定ロジック」
のことです。
例題 『日本全国に電柱が何本あるか?』
正確な本数を知っている人って、ほとんどいませんよね?
知ってるとしたらNTTの職員かそうとうの電柱マニアですw
「そんなんわかりません」と答えるのをあきらめるのではなく、知ってる情報を
自分考えた仮設に基づいて、なるべく正解(近似値)を導きだすという「推定」を
することが重要なのだそうです。
この質問に対する答えを推定するためには、例えば下のような流れで考えれば
よいと書いてありました。
1.アプローチ設定
どうすれば電柱の数が算出できるだろう?
例えば、日本の総面積あたりの本数を切り口に考える。
2.モデル分解
モデル化して単純な要素に分解する。
単位面積あたりの本数を市街地とそれ以外でわけて考え、その総和を求める。
3.計算実行
数値の代入と計算
市街地の電柱の配置=50m四方に1本
郊外の電柱の配置=200m四方に1本
と過程し、日本の総面積(これも正確な値を知らなければ、計算の仮説を立てて、
仮の値を使う)
4.現実性の検証
現実にデータが入手できる場合には、仮説の計算結果と実際の本数を比較検証
してみる。
なんだか難しい...
と、最初は思いましたが、実は普段から無意識に結構使ってるんですよね。この「推定」
することって。
例えば、イベントのチケットがどのくらい売れるのかの予測を立てたり、好きな人をデートに
誘うための算段であったりw
特に会社を経営してる人なんかは、売り上げ予測とか常日頃からやってますよね。
僕も適当に仮説をたてて、「あたり」を出してから物事にとりかかるってことは、よくやります。
ただ、性格からかその仮説にも時間をかけてしまい、あまり意味をなさないことも...
あくまで、「ざっくり」「短時間に」がキモみたいです。
最近インターネットのwikipediaを多用しているので、ネットの内容をそのままコピペ
したりすることも多いわけですが、それを鵜呑みにするのではなく、自分でちょっと考えてみて、
その結果と調べた結果を比較検証するということを癖つけて行った方が、インターネットバカに
ならずに済む方法かなって思います。
格闘技にもなんか応用できそうですよね。特に寝技のときとか。
自分はまず思ったとおりに体を動かせるようにならんといけないので、それ以前の問題
ですけどね(笑)
2008年02月07日
「経営」ということについて考えてみた
その間、仕事に対する意識や考え方がずいぶん変わってきた。
利益とコストに対する意識や、自分の言動が回りに与える影響
そして会社としてのビジョンetc...
まだ自分は社長=経営者ではないけれど、経営する側と給料を
もらう側はこうまで意識は変わるものなのかと少し驚いている。
「経営」という言葉は、本来仏教用語で
『人を仏の位に導く営みのこと』
という意味らしい。
仏とは人ならざるもの。つまり我々凡人とは非なるもの、非凡。
仏様になることなんてできやしないけど、こと経済社会に生きる
我々におきかえて考えれば、会社という同じ一つ屋根の下に集まった
普通の人々が、互いに力を合わせて役割分担をしつつ、まだ発見
されていない自分の得意の能力を見つけ伸ばしてゆくことこそ、
非凡となることだと思う。
そうなったとき、仕事をする上でのモチベーションって何だろう?
給料?ボーナス?取得した仕事の数?心地よい人間関係?
多分色々あるし、絶対これ!ってものはない。僕自身だってお金も
社会的地位も欲しいし。
けれど、究極的には、自分の可能性に挑戦し自己実現の喜びを体得
できる、すなわち『仕事を通じた自己の成長』であると考えるのです。
なので、明確なビジョンを示せてない状態では、従業員が「今の努力が
将来にどうつながるか」なんて思えるわけないんだよな~
うちの会社もそう。今まではとりあえずガムシャラにやってくしか
なかったから...
そういう意味では、給料って最低限の保証でしかないんだな。
めっちゃ高額の給料だったら、まあ少しは違ったものになるかも
しれないんだけどw
以前、万協製薬の松浦社長からもらった資料には、そこらへんの
考え方がたくさん書いてあったなあ。松浦イズムというべきか。
多分、会社でも空手の道場でもどこだって結局は一緒なんだろうと
思う。自分の信念やビジョンが明確になってないと、ほんとの意味で
ついて来る人は少ないんじゃないかな。
そうやってなんやかんやと考えて、今の自分のちっぽけさを自覚
できただけ、ちっとは成長したと思うことにしよう。うん。
さて、仕事再開しますかね...
2008年01月27日
物もちがいいもので
衣類や靴の物もちがいいのです。
大学生の時に買ったGO WESTのデッキジャケットとパンツは、今年で満10周年ですが、まだまだバリバリ現役です。(パンツはさすがにちょときつい)


社会人1年目の時に買ったClarksのデザートトレックとアローズのプレーントゥも、気づけば7年目。
ソールを修理して、まめにシュークリームを塗り、シューキーパーで保存。


長くもつものはそれなりの値段もするけれど、すぐへたってしまうものに比べれば愛着もひとしお。手入れする時も楽しいものです。
そういえば、高1の時に買ったニューバランスの976は10年位履いたっけ。スニーカーなのに。
ソールもつるつるになって、雨の日よく滑ってたなあ...
ペットボトルリサイクルのフリース製品やフェアトレードで輸入したオーガニックコットン製の衣類も、エコといえばエコなんですが、無駄にいっぱい買わないというのもエコにつながるのではと最近思います。
といいつつ、松阪のgoodysとmonday mama marketでセールをやっていたので、久々に服を買ってしまいました(笑)
今日買ったのは、黒のフルジップのコットンニットと、Kelenのナイロン×レザーのデッキジャケット(これ好きだなあ)。

kelenのデッキジャケットは、残り1着なのと、着た瞬間にサイズがジャストだったので、思わず買ってしまいました。
ホントは普通のジャケット買うつもりだったんですが(^^;)
このジャケットとも、長い付き合いになりそうです。
